自然を大切に、地球は人間だけのものじゃない、といった言葉を時々聞き、結果的に同じ結論になるものとそうでないものがあります。簡単に言えば情けはひとのためならず(まわりまわって自分のためになるという意味)的なことであるのですが、自然という言葉が1人歩きすることがあればそれは間違いであるとおもいます。自然を大切にということで富士山を立ち入り禁止にするのはそれは自然が1人歩きしているとおもいます。
私は自然という言葉はどうも誤解を生むようにおもいます。人間にとってよい環境、目先のことだけでなく将来にわたってという意味でつかっていれば問題はないとおもいます。
いつまでも裏金、談合、戦争など人類は進化してないのではないかとおもいます。悪いとわかっているものをいつまでも続けるというのは人類の頭の悪さを示すものです。毎度同じ過ちを繰り返しています。いい加減言葉によるやりとりオンリーではなく気持ちを伝え感じ取るという(以心伝心)ことができなければならないとおもいます。ことばを駆使したところで気持ちをつたえよう、感じようとしなければなにもかわらない。
危険を分散するというのはあたりまえのことですがいまの1点集中というのは非常に危険な状態です。田舎と都会といいますが500年ぐらい前は山すそに民家が多かったとおもいます。川岸は非常に危険なので昔の人は安全な位置に家を建てたのでしょう。危機管理ができていたのです。それがいまや欲一筋で危機管理もできなくなってしまいました。やはり人類は壊滅するでしょう。
- 2007/01/23(火) 22:52:57|
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コメント:1
田舎ってどうも腫れ物にさわったら訳のわからない人間というレッテルを貼られる。
さて誰に説明を聞いても当たり前だから!で終わる。
もっとひどいものになると嘘付いてまで合意させると言う人間が多い!
誰かが波風立てないと新しいことは出来ないし!
甘い汁を吸う人をただせない!
実際能力に関係なく一律に高額なものを受け取る人には自然の原理は当たり前にいただいている産物なのかも!
- 2007/01/24(水) 15:23:07 |
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