宝の山

山の事を元森林組合作業員が現場案内いたします。植林、間伐、災害、旱魃、水、木の製品について見えるブログにします。

杉の器製作中


杉の器

荒削りをして乾燥させていた分を削っているところ。これもセルフタイマー。あわてて削っているところのポーズをとっています。童顔なので若く見えますがもうじきバカボンのパパと同じ歳になってしまいます。私に残された時間はあとわずか(150年くらい)しかありません。近いうちに掃除機集塵装置(たいそうなものではありません)をつける予定です。

この器は木固めエースを塗ってガラスウッドコートを塗って仕上げます。サラダでもパスタでも冷やし中華でもカレーでもスープでもOKです。3500円です。これなら器を手に持って食べられます。大きな材料と乾燥、柔らかい材質、とても3500円ではできませんが・・・。日本の皆さん、間伐材を使ってください。

豆知識

「エコロジーシンフォニー」から

農の大切さを伝えたい


太陽の光が差し込むように手を入れた森を見回る渡辺さん 小田原から箱根を経て伊豆スカイラインを南下、背後に富士山、右手眼下に沼津の町並み、左手に相模湾を眺めながら進む。エアコンを切り、窓を全開にして風を感じながらのドライブが気持ちよい。30分ほど走るとスカイラインは標高を下げて、民家が点在する集落へと降りた。

 冷川料金所を出た辺りが静岡県伊豆市の「徳永」と呼ばれる地域である。伊東と修善寺のほぼ中間にあたる徳永は、周囲に浄連の滝と並ぶ伊豆の名瀑(ばく)・万城の滝があり、きれいな水がわくところだけに、ワサビの栽培が盛んだ。集落には田と畑が整備され、それを豊かな森が囲む。「田舎暮らし」に理想的な里山風景が広がっていた。渡辺泰夫さんが徳永に移り住んだのは6年前、59歳の夏のことだった。

森を生き返らせる


「森林づくり伊豆の会」のメンバーたちが森を整備する 「のどかな里山風景に見えるでしょう。でも、壊れかけている場所もあります。森に出かけてみましょう」と、渡辺さんが言った。渡辺さんが軽トラックを止めたのは、万城の滝の駐車場だった。滝を眺めるために観光客が坂道を下りていく。その人たちに渡辺さんが笑顔で声をかけた。

 「滝を見たあとに、上の森の遊歩道も散策してみてください」

 上の森は植林地である。人工林である植林地は、杉やヒノキなどの苗を人の手で植え、下草刈りや枝下ろしなどを定期的に行い、長い歳月をかけて育てて木材として出荷する。しかし、海外から安い木材が輸入されるようになると、日本の林業は衰退を余儀なくされた。中伊豆も例外ではなく、ワサビ農園などに職種を変えたケースも少なくない。植林地に人の手が入らなくなると森は死んでいく。密集した常緑樹の葉が太陽の光を遮り、森は真っ暗になる。下に草は生えず、樹木そのものも弱くなる。植林の木は実を結ばないから、野鳥や野生動物はそこで生きられない。

 「死にかけた森を救うために、地元の人と一緒に“森林づくり伊豆の会”を発足しました。チェーンソーの使い方を学び、植林地を間引きして太陽の光を入れています。さらに、実のなる木を植えています」

 万城の滝の上部の森は、人の手が入らなくなって久しかったが、渡辺さんたちボランティアによって生き返り、現在では遊歩道も整備された。木々のあいだに光が差し込み、木の根元では野草が花を咲かせていた。

父の背を見て決めた農業高校進学


高さ20メートルの名瀑・万城の滝、水を守るのも森の力だ 昭和17年に東京都文京区に生まれた渡辺さんは、山梨で疎開生活後、5歳の時に八王子に移っている。父親は畜産の指導者で、全国の牛の生産農家を訪ね歩いていた。そのために体を動かすのを苦にしなかった。

 「沼地のような土地を整備し、周囲を開墾して建てたのが八王子の家です。東京都が販売した分譲住宅の抽選に当たり、世田谷に引っ越したのが15歳の時ですから、それまでは今で言う里山に暮らしていました」

 田舎暮らしを決意したのは、このころの思い出や父の影響も大きいと言う渡辺さんだが、進学に際しても同様だったようだ。渡辺さんは農業高校を卒業後、東京農業大学に進んでいる。

 「しかし、酪農ではなく最初は造園科でした。当時は一戸建て住宅の建設ラッシュで、造園技術があれば一生食べていけるだろうと考えたのです。結局、途中で科を移り、生物の教員免許を取りましたが……」

 卒業後は学生時代に世話になった生物教材の会社に勤めた。

 「先方が人手不足で困っており、短期間でいいからどうしてもという話でした。だから約束どおり1年で辞めて、私立女子高等学校の生物教師になりました。そこで結婚相手に巡り合います。職場の規定は夫婦で働くのを許可しておらず、考えた末に私がそこを辞めました」

 3年いた女子高校を退職し、別の私立高校と都立中学の非常勤講師になった。しかし、子供が生まれたばかりの家庭はお金がかかる。授業がない日は生花店でアルバイトをして生活費の助けにする日々が続いた。

移住者プロフィル
渡辺 泰夫さん(65)

 昭和17年、東京に生まれる。東京農業大学卒業後は教材会社、高校教師などを経たのち、小学校の教員免許を取得して私立桐朋学園初等部の理科の教諭となる。定年前の58歳に早期退職して中伊豆に居を構え、ひとり暮らしをしている。

  1. 2007/08/20(月) 22:29:21|
  2. コップ、グラス、花器、木のトロフィー|
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コメント

お先にバカ本のパパになっています。
毎日暑いですね!
  1. 2007/08/21(火) 17:02:39 |
  2. URL |
  3. Jです。 #-
  4. [ 編集]

こんばんは

そうか!?
僕より3才下だったんだ〜〜

もっと若いと思っていたのに・・・

数え年の本厄です。
くれぐれも気をつけて下さいね

ではでは

  1. 2007/08/21(火) 22:14:08 |
  2. URL |
  3. ビリケン #-
  4. [ 編集]

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